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 「古代製鉄の還元・加工技術について」 新沼鐵夫 
   『日本製鉄史論集』 たたら研究会 1983



2.磁鉄鉱の一種高純度"餅鉄"

磁鉄鉱の一種である餅鉄は、採集場所によって、もちてつ・べいてつ・べんてつ・べんこてつ・真黒(まぐろ)・黒鉄(こくてつ)・末広鉄(すえひろがね)・馬糞鉄(ばふんてつ)等とよばれ、釜石周辺では"もちてつ"とよんでいる。餅鉄を米鉄と書いている記録が『大島高任行実』の藩治雑記に見られる。餅鉄は岩手県のみに産出するものではなく、青森・新潟・山ロ・福岡・鹿児島の各県にも産出したといわれるが、青森県では八戸市で採集し、新潟県では北蒲原郡豊浦町に住む刀匠天田昭次氏の採集した餅鉄に接している。その他はあったということを刀匠数名から聴聞したもので確認はしていない。現在産出しているところは地元の関係でもあるが、釜石周辺が圧倒的に多いのではなかろうか、筆者は最近まで約40トン採集している。

 餅鉄は磁鉄鉱の一種であるが、他の鉱石や磁鉄鉱とは異なる特質を有し、きわめて純度が高く、鉄分含有量が70パーセント以上でほとんど理論値の72.4パーセントに近く、強い磁性を有し、銅分を含まず、リン・イオウの含有量が少なく、その他の不純物も少ない。そのうえ少量であるが0.17パーセント前後の炭素分を含有している特徴を有している。色沢は黒褐色と赤褐色の二種類があって、赤褐色のものは表面だけで内部は黒褐色である。両者とも表面はなめらかな肌で丸味をおびている。主要な分析結果は第2表に示すとおりである。

 この天然の餅鉄に対し、釜石鉄山の磁鉄鉱層露頭から川に流出したものが、水め流れで丸味をおび天然のものと同じような形になってみられる。これらは長い間採集をやっていると外観を見ただけで、天然のものとは異なることが見わけられ、鉄分も62パーセント前後で銅分が0.18パーセント、イオウ分が1.35パーセント、リン分0.048パーセントを含有し、純粋なものとは成分的にもかなりの差があって、それに釜石の磁鉄鉱は黄銅鉱と同居しているため銅分が多い。したがって、採集後すぐ破砕してみると銅分が含まれていることが、他の脈石とともに確認することができる。天然の餅鉄の最も簡単な鑑別方法は、採集した鉱石で石に文字を書いて見ることである。自然のものには炭素分が含まれているので黒く文字が書ける。鉱層の露頭から流出した磁鉄鉱では文字が書けない。なかには天然のものでもなにかの作用で文字が書けない場合もあるが、破砕して書くと書ける場合もある。

 餅鉄は大きいものでは30キログラム前後のものもあるが、平均して1〜5キログラムほどのものと粒状のものが多く、粉状のものは割合に少ない。これは山でも耕地でも川の場合でも同じで、不思議に塊粒・粉状のものがほぼ同じ場所に堆積しているため、採集がきわめて楽にできる。山や耕地では地表にでているものと、その周辺に埋没しているものとがあり、地表にあるものは黒褐色のものは金属性の光沢を有し、赤褐色のものは光沢のあるものとないものがある。いずれも他の石とは簡単に見わけることができる。一日の採集量は2〜3時間で30〜100キログラム程度の採集ができる。釜石周辺で採集できる地点が約70か所もある。そのうち主なる場所をあげると第3表に示すとおりである。

 餅鉄についての学説がない。定義的に用いられているのは『釜石四近鉄鉱床地質調査報文』と『大島高任行実』のなかに記録されているものである。ある文献には、餅鉄には原料鉱石のものと、還元された鉄に粘りがあるから鋼としてのものとがあるといっているが、鉄の粘り柔らかさは炭素の含有量と鍛錬の方法によって決るもので、餅鉄を原料にしているから、餅のような粘りがあるというのは化学的根拠がない。筆者はこの餅鉄を「磁鉄鉱の一種高純度"餅鉄"」と称し、研究結果を『全国地下資源関係学協会秋季大会』で発表している。


 

 


 


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