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「岩手県釜石鉱山周辺産の餅鉄」 岡田広吉 
 『地学研究』第19巻 第10号 1968



1.まえがき
 釜石鉱山付近の渓間の畑地には、しばしば円礫状磁鉄鉱が見出され、古くからこれを餅鉄(べえてつ)と呼称している。大規模な磁鉄鉱鉱床周辺の河川に沿うた円礫状磁鉄鉱の産出は、特別に珍しいものではないだろうが、一時はこれを原料鉱石とする高炉が計画されたり、また刀剣用鋼の原料鉱石として賞用されていたことなどは、日本的視点からみて一つの興味ある磁鉄鉱の産状と思われる。
 餅鉄については、かつて金原信泰が簡単に記載したこともある。しかし、今日では現地においてすら、餅鉄なる名称は忘却の彼方へ滅去しようとしているので、ここにあえて報告し、同学諸氏の参考に供したい。

2.餅鉄の産状
 文献に記載されている餅鉄の産地は、第1図に示した岩手県釜石市栗林町、同橋野町および同気仙郡住田町上有住あるいは下有住(位置的に旧上有住村と思われる)であり、別に諸鉄鉱地の渓間とも記載されている。これらの地名は漠然としているが、何れも釜石鉱山内の諸鉄鉱床の下流側に位置している。
 本文で述べる餅鉄は、釜石市橋野町沢および大平小屋付近で採集した。この場所は釜石線遠野駅から山田線鵜住居駅間のバスを利用して橋野で下車し、そこから徒歩で至ることができる。大平小屋は高前鉄鉱床直下の雄岳沢と細越鉄鉱床付近から流下する大平沢との合流点付近の小盆地であって、前者から約1.5km、後者から約2.5kmの直距を有する。沢は大平小屋から約5km下流に位置し、鵜住居川との合流点付近にある。両地における餅鉄は、河岸段丘状地形の畑地に散在しており、主として耕作中に拾得されるが、単位面積あたりの餅鉄量はそれ程多くない。
 大平小屋・沢における餅鉄の産状、高前・細越鉄鉱床の性状、両者の地形的ならびに位置的関係、餅鉄の形態・構成鉱物などを合せて考察するならば、餅鉄は鉄鉱床から崩落した磁鉄鉱塊が流水で運搬されながら円磨されて堆積した円礫状磁鉄鉱であろうと思われる。このような見解に立つと、第1図に掲げた釜石鉱山地内の鉄鉱床の下流側には、なお多くの餅鉄産地の存在が予想されるのである。

3.餅鉄の一般的性質
 餅鉄は第2図に掲げたように、円礫状〜偏平楕円体状を呈し、黒色、均質、緻密である。普通は写真右に示した直径2〜6cm、重量50〜300gのものが多いが、ときに写真左のような直径13cm、厚さ6cm、重量2.3kg位に及ぶものもある。これらを手に持つと重量感があるので、容易に黒色の粘板岩や火成岩の礫と区別できる。かつては沢に力石(ちからいし)と呼んだ約70kgの餅鉄が2個あったという。
 餅鉄を水洗すると、表面は亜金属光沢をもつ鋼黒色となり、条痕色は黒色、表面の硬度は6.5、強磁性を有し、比重は上皿天秤とメスシリンダーによる概測値として4.9を得た。個々の餅鉄は鉄鉢でも簡単に破砕されない。破面は新鮮で、酸化作用を蒙った状態や、硫化鉱物は観察されないが、ときに柘榴石様鉱物を包有していることもある。
 以上の諸性質から、餅鉄を磁鉄鉱に同定できる。念のために、反射顕微鏡観察、X線回折ならびに化学分析を実施した。
 反射顕微鏡下では均質であって、光学性は一般の磁鉄鉱と異らない。磁鉄鉱以外の鉱物、とくにマグヘマイトや赤鉄鉱は観察されなかった。X線回折線は標準的な磁鉄鉱にほぼ一致し、(440)から求めた格子定数は8.41Åであった。化学分析値が第1表である。この値から分子比を求めると、ほぼ純粋に近い化学成分を持つ磁鉄鉱であることがわかる。
第1表 餅鉄の化学成分
成 分 重量% 分子量 分子比
FeO   29.36  0.409   1.00
Fe2O3  69.48  0.436   1.06
SiO2   0.77

4.むすび
 これまで述べた事実で明らかなように、餅鉄は該産地の河川の流域に散在している円礫状磁鉄鉱であって、その起源は地形的高位に賦存していた鉄鉱床であろう。餅鉄の鉱物学的性質は一般的な磁鉄鉱と異らない。
 なお、栗林、橋野を含めた鵜住居川流域の鉄鉱床として、接触交代磁鉄鉱鉱床の青ノ木、高前、細越、六黒見、ならびに地域北部の和山に花崗岩中の磁鉄鉱粒を採掘した跡(鎌倉時代の初期といわれている製鉄滓が残されている)が知られている。これら3者の鉱物学的検討、とくに鉄鉱石としての詳細なる比較は今後の研究にまちたい。

 


 


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