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 「岩手の製鉄歴史」 新沼鐵夫 
  『岩手史研究』 第六十二号(昭和五十二年五月)



四 (二)餅鉄について
 筆者はここ数年にわたって釜石市周辺の磁鉄鉱の調査を行なってきたが、大別して次の四種類に分類できる磁鉄鉱を採取することができた。その後も調査を続けたが、新しいものが見られないので一応まとめてみた。
 A 露天掘り跡から採取した磁鉄鉱
 これは安政四年(1857)に大島高任が現在の釜石市甲子町大橋に洋式高炉を建設し、鉄鉱石による製錬を行なった際に採掘した露天掘り跡から採取したもので、いろいろな文献にでてくる「岩鉄」である。
 B 鉱脈の鉱床から採取した磁鉄鉱
 これは現在日鉄鉱業(株)釜石鉱業所で、鉱脈の鉱床から採掘しているものを提供された。
 C 川の渓流から採取した磁鉄鉱
 このCと次のDが餅鉄(もちてつ)(釜石周辺ではべいてつ、べんてつ、青森県ではべんこてつといっている)といわれるもので、品位の高い高純度(硬質)のものは60〜70パーセントの鉄分を含有し、品位の低い(軟質)ものでも45パーセント以上の鉄分を含有している。特に高純度のものは有害成分であるイオウ、リンの不純物が少ない。
 D 山の斜面や耕地から採取した磁鉄鉱
 川の渓流から採取したものと全く同一のものが採取され、C、D両者共に塊状、粒状、粉状のものが分布している。

 C、Dの餅鉄は軟質と硬質のものに分けられ、さらに色彩的には黒褐色、黒褐色に若干土砂の付着しているもの、朱褐色、ぶどう色の四種類は光沢のあるなめらかな肌をしていて、硬質・高純度である。黒色に青色を帯びているもの、黒色にグレイ色を帯びているもの、赤褐色のものの三種類は、酸化の状態が進み軟質で破砕しやすく、鉄分も45〜50パーセントで光沢がなく肌も荒く普通の石とあまり変わらない。これらの特徴を表にまとめると表−7のとおりである。

 磁鉄鉱は一般にきわめて硬く、強い磁性を有し、純粋なものは最高鉄分72.4パーセントといういわゆる理論値であって、実際には50〜65パーセントである。製鉄所における高炉内の製錬反応がやや困難といわれている。
 しかし餅鉄は60〜70パーセントの鉄分を含み純度が高く、原始的な方法で餅鉄の製錬を行なった結果では、製錬反応の困難性は認められなかった。その上、不純物が少ないことから石灰石を使用しない。餅鉄の分布、品位、形状から考えると磁鉄鉱床から流出したものと、土地が海面から隆起した時点からあったものとに分類できるのではなかろうかと考えている。理由は、全然鉱床のない山の斜面や耕地から採取しているからである。

 この餅鉄について最近二、三の文献に接しているが、いずれも「大島高任行実」や大塚専一誌「釜石四近鐵鑛床地質調査報文」から抜粋、あるいは推測による記述であって、筆者の研究結果とはかなり相違している。特に分布状態について「餅鉄は岩鉄鉱鉱床の露頭から崩落した磁鉄鉱塊に源を有し、これが渓流を流下し運搬される間に破砕と円礫化作用を受けて円礫状を呈する」と述べている文献もあるが、山の頂上や斜面あるいは耕地など渓流以外で採取した餅鉄は、周囲に鉄鉱床はなく、その源となるべきものが存在していない。また渓流から採取したもの必ずしも円礫状ばかりでない。表に示されるとおり渓流でも、山の斜面でもいろいろな形のものがあり、実際に採取しないで推測で書かれているので正確性に欠けている。
 また餅鉄に関する文献には「(餅鉄を原料として)溶融したる鋼はその質極めて粘着強く、あたかも軟かなる餅の如くなれば、これを餅鉄と称するものなりと云う」あるいは「往昔製鉄事業の幼稚なる際に鍛冶職之を(餅鉄)刀剣類を製するに使用したりと云う」そして「岩鉄溶鉱炉に投入するに際し、幾分の餅鉄を混ず、これ製鉄を美ならしめんと欲するにあり」等が記録されている。筆者はこれらについても実験を行い究明中である。
 一般に今日までいわれてきた餅鉄の概念とはかなり異なるものが見い出された。餅鉄は釜石周辺の特産ではなく、青森・新潟・兵庫・九州等にも産し磁鉄鉱の一種としてユニークな存在である。しかしこの餅鉄は鉱物関係の図書に掲載されていない。釜石周辺で餅鉄の産する場所が30箇所ばかりある。

 


 


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